【感情】ネガティブなことを避け続ける落とし穴

今回は
「ネガティブを避け続ける落とし穴」
についてです。

言い方を変えると
「快楽を求め続ける落とし穴」
ですね。

これは以前にお話した
「ポジティブな人は実は打たれ弱い」
なんて話にも繋がってきます。

 

以前の記事でも書いたのですが、僕たちは
「不満があるからこそ、世の中を変えてきた」
と言えます。

なので、ネガティブなエネルギーを原動力をし、
世の中を暮らしやすいように変えてきたのです。

 

洗濯も昔は洗濯板で洗っていたものが、
今では洗濯機で自動的に洗ってくれます。

しかも、乾燥機能までついているものもあるので、
干す必要すらないかもしれません。

最近はどんどん便利な世の中になっており、
快適な暮らしができるようになっています。

ですが、実はそれが
「不幸へと導く落とし穴」
とも言えるのです。

それはなぜでしょうか?

僕たちは快適中毒になっている

僕たち人間は不満を解消するために
世の中を変えてきました。

そのため、
不快なことが解消され、
生活がどんどん快適になってきています。

「夏は暑くて不快」が当たり前だったのに、
いまはエアコンをつけて引きこもっていれば
快適な暮らしをすることができます。

また、「退屈で不快」というのも、
いまではすぐにスマートフォンをいじって
退屈から抜け出すことができます。

昔はお風呂も毎日のように入れず、
またシャンプーなども週に2回とか
そんな感じでした。

ですが、
いまでは毎日のようにシャンプーをして
体を洗うのが当たり前になっています。

そのように快適な暮らしに慣れてしまっため、
ちょっとでも不快なことがあると
体がすぐに拒否反応を示してしまうようになってしまいました。

「快楽中毒」とも呼べるものですね。

気温が30度までいかなくても
ちょっと暑いだけで不快になる。

退屈から逃れられるようになるのが当たり前だったため、
ちょっと退屈な時間が続くと不快になってしまう。

体を毎日のように洗わないと不快になってしまう。

といったように、
「快楽中毒」になってしまったからこそ、
昔であれば耐えられたちょっとしたことでも
不快を感じるようになってしまいました。

ちょっとしたことで不快な気分になりやすくなった現実

「今よりも昔の方が良かった」
なんて言うつもりは毛頭ありません。

僕も暑いのは嫌なので、
「エアコン最高!」と思いますし、
退屈な時間が嫌なので
「いつでも読める電子書籍すごい!」なんて思っています。

今の暮らしはやはり素晴らしいものです。

だからといって、
「ちょっとしたことで不快な気分になりやすくなった」
というのも事実だと思います。

快適な暮らしができるようになった代償とも言えますね。

世の中が物理的にキレイになったからこそ、
ちょっと汚れたところにいくと体調を崩してしまうように
昔に比べて免疫力も落ちているはずです。

僕は虫が大嫌いですが、
虫を見るだけで生きた心地がしないくらい虫嫌いな人も
かなり増えたのではないかと。

快適さを求める=不快感を避ける

快適なことが当たり前になった現代は、
ちょっとした不快感に耐えられなくなった人で溢れてきました。

不快な経験があまりなかったのだから、
不快なことに慣れず、耐えられなくなった、
というのは仕方ない結果かな、と思います。

不快なことに耐えられなくなった結果、
他人から拒絶されることを怖れ、
人に会うことを避けて引きこもる。

失敗を怖れて、リスクを取らず挑戦しない。

何か新しいことを持ちかけられても
新しいことをやる恐怖で断ってしまう。

とあるコミュニティに参加しても
少し居心地が悪いと感じただけで
関わるのをやめてしまう。

なんてことをやってしまい、
どんどん不快なことに弱くなっていってしまいます。

不快なことに慣れるためには
その不快なことに飛び込むしかありません。

コンフォートゾーンを抜け出そう

人には
『コンフォートゾーン(快適空間)』
なんて呼ばれる領域があります。

不快なことに飛び込み、
その不快感に慣れることで、
コンフォートゾーンが広がります。

つまり、快適な場所が増えるのです。

ですが、
そうやって不快なところに飛び込まないと
コンフォートゾーンを広げられないどころか、
コンフォートゾーンがどんどん狭まっていきます。

筋肉とかもそうですが、
世の中とは不思議なもので
現状維持というものは存在しなく、
使わなければどんどん衰えていきます。

そのため、
ずっとコンフォートゾーンの中で生活すると、
コンフォートゾーンがどんどん狭まり、
不快に感じることが増えていくのです。

快適な空間だけを求めていた昔の話

快適な空間であるコンフォートゾーンだけを求めてしまうと
昔の僕のようになってしまいます。

人に会うのも疲れ、
ブログで利益が出ていたので
誰とも会わず、声すら出なくなっていた時期がありました。

僕にとって刺激のない、
とても快適な空間だけで過ごしていたんです。

その結果、どうなったか?

人とどうやってコミュニケーションを取っていいか忘れ、
人と会う恐怖がどんどん強まっていきました。

そもそも、外に出ることすら億劫でしたからね。

人と会わず、寂しさを感じていたのもあるのですが、
「これはやばいな…」
と生命の危機を感じていたのもあり、
快適な空間から抜け出すことにしました。

快適な空間にばかりいると、
人は成長しないどころか、どんどん衰えていきます。

だからこそ、日々ある程度の刺激を受け、
不快感に強くなるためにも
快適な空間から抜け出し、
不快なことに飛び込まなければいけません。

ポジティブばかりを求めてはいけない

ここまで快適なことについて話してきましたが、
これはポジティブなことにも言えます。

ポジティブなことばかりを求め、
ネガティブなことを避けてしまうと、
どんどん精神的に弱まっていきます。

ポジティブなことはいわば快適なこと、
ネガティブなことが不快なことだからです。

ポジティブなことばかり求め、
ネガティブなことを避けてしまうと、
絶対に避けられないネガティブと向き合ったときに
一気にエネルギーを奪われてしまいます。

学生の頃はものすごくポジティブだった人が
社会人になったらうつ病のようになっていて驚いた、
なんて経験はありませんか?

あれは、今までポジティブなことにしか目を向けていなかったのに、
ネガティブなことにも目を向かなければいけなくなった結果、
エネルギーを一気に奪われて、うつ状態になってしまったからです。

ネガティブといった不快と感じるようなことも
日常からきちんと向き合っておくことで
ネガティブなことにも慣れていきます。

だから、ポジティブなことだけに目を向けず、
ネガティブなことともきちんと向き合うことで
快適な場所だけでなく、不快な場所にいっても
エネルギーを大きく奪われず、
冷静さを保つことができるのです。

ネガティブばかりに偏ると精神的に疲れてしまうので
ポジティブとネガティブの割合は大体8:2くらい。

そうすることで、
普段はポジティブでも
ある程度の不快であるネガティブなことにも
地に足をつけたまま対応できるようになります。

だからこそ、不快になってしまうネガティブを邪険にせず、
「自分を鍛えよう!」という意味合いでも
ネガティブと仲良くなって、
上手に付き合っていきたいものですね。

まとめ

・「快楽中毒」になってしまったことで、ちょっとしたことで不快に感じるようになってしまった

・不快なことに慣れるためにも。不快なことに飛び込みコンフォートゾーン(快適空間)を広げていこう

・快適な空間にずっといると、どんどんコンフォートゾーンが狭まり、不快なことに弱くなってしまう

・ポジティブだけに目を向けず、ネガティブと仲良くなることで不快なことにも耐えられるようになる

  • 「快楽中毒」になってしまったことで、ちょっとしたことで不快に感じるようになってしまった

  • 不快なことに慣れるためにも。不快なことに飛び込みコンフォートゾーン(快適空間)を広げていこう

  • 快適な空間にずっといると、どんどんコンフォートゾーンが狭まり、不快なことに弱くなってしまう

  • ポジティブだけに目を向けず、ネガティブと仲良くなることで不快なことにも耐えられるようになる

最近の「幸福になるための研究」として
「ポジティブであるべきだ」なんてよく言われています。

常にポジティブであれば、
それは確かに幸せかもしれません。

ですが、大切な人の死だったり、
事故にあってしまって体の自由が奪われたりなど、
何かしらポジティブに思えないようなことに
直面するはずです。

そのときに心を壊さないためにも
日頃からネガティブと向き合い、
不快なことへの耐性をつけておいた方が良いはずです。

幸せになるためにポジティブや快適さばかりを求めてしまい、
ネガティブなことや不快なことを避け続けてしまうと
耐性ができておらず、落とし穴に落ちてしまって心が壊れてしまう、
なんてことがありえますから。

そうならないためにも、
ポジティブな面も強化しつつも、
日頃からネガティブなことや不快なこととも向き合っていきたいものですね。

それでは、ありがとうございました!

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