【感情】諦めることのメリット

「諦めること」は逃げることとか、
戦意喪失することなどと
悪いことのように考えていませんか?

ですが、諦めることというのも、
実は悪いことではないどころか、
むしろ良いことだったりもするのです。

今回はそんな
「諦めることは悪いことどころか、
 良い方向に働くこともあるよ!」

なんてお話をしていこうと思います。

なぜ諦めることが悪いと思われているのか?

バブルの時代の話が出てくると、決まって
「俺が若かった頃は朝まで飲んでから出社が当たり前だった」
なんて話が出てきて、
「だからお前ももっと頑張れ!」
的なことを言われます。

当時の人達はエネルギッシュで
また、「耐えることが美徳だった」でした。

耐えることが美徳だったからこそ
途中で投げ出すのはかっこ悪く、
「決めたなら最後までやるべき」
「諦めるなんてありえない」
というのが当たり前だったんですね。

ただ、それだけでなく、選択肢が少ないから、
もし諦めてしまったら選択肢がなくなってしまいます。

そのため、
「諦めることは悪いこと」
というのが一般的だったんです。

ですが、今は時代が変わりました。

選択肢が爆発的に増えた時代

僕たちはコンピュータの普及、
そして、インターネットの普及によって
選択肢が爆発的に増えた時代に生きています。

いまはブログで利益を出すこともできるし、
クラウドソーシングで仕事をもらうこともできるため、
個人で生きていくことも可能になりました。

関わりがなかった相手でも
SNSやZoomなどのビデオ通話などが
当たり前になったため、
会わずとも関係性を構築しやすくなりました。

だから、相手がどういう人かわからない場合も
そこまで強い抵抗なく仕事を依頼することも
受注することもできるようになっています。

このように、
働き方というのは昔と比べて大きく変わってきました。

「仕事」という分類で考えてみると、
選択肢が多くなった今の時代は
「この仕事はもうやめよう…」といった
「諦め」というのは悪いことではなく、むしろ
「新しい世界へと一歩踏み出すことのできる決断」とも言えるのです。

悪い諦めとはどういうものか?

ここでもう一度悪い諦めについて考えます。

「諦め」というのは
「新しい世界へと一歩踏み出すことのできる決断」
とも言えるわけですが、
このような決断にならないこともあります。

それはどういうことでしょうか?

逃げてしまうことでしょうか?

逃げというのも、
必ずしも悪いことではありません。

会社にいるのがつらくなり、
精神的に病んで壊れてしまいそうだったら、
もう逃げるしかないと思うんですよ。

生きるために逃走するのは
生物としての本能ですから。

では、どういう「諦め」が悪い諦めなのでしょうか?

僕が考える悪い諦めというのは
「次に繋がらない諦め」のことです。

「感情的な諦め=ただの逃げ」と言ってもいいでしょうか。

例えば、
「仕事をやめたい」
という場合、さきほどのように、
「精神的に病んで壊れてしまいそうだったから」
というのであれば、良い諦めだと思っています。

仕事をやめてきちんと休むことで精神が安定し、
そのあとにまた仕事に打ち込むことができますから。

ですが、
「人間関係が悪いからやめたい」
というのはどうでしょうか?

「人間関係が悪いからやめたい」
というお気持ちはよくわかります。

居心地が悪いから逃げたくなりますよね。

ですが、これは悪い諦めであり、
悪い逃げではないかと思います。

というのも、
「人間関係が悪いのであれば、
 まずはその改善を試みた方が良いのでは?」

と思うからです。

これが
「もうあの人間関係には耐えられない!
 このままこの環境にいると、心が壊れてしまいそう!」
というのであれば、それは諦めて、
そのまま逃げてしまった方が良いと思います。

ですが、
「いまの人間関係は居心地が悪いから嫌だ。
 もう仕事をやめてしまおう」
となった場合、
おそらく次の職場に行っても似たようなことが起こるはずです。

最初は良い職場だったとしても、
あとから新しく入ってきた人が気に食わなくて
嫌になったから仕事をやめてしまおう、みたいな。

そうやって、
いずれまた似たようなことが起こってしまうのです。

だから、これは
「次に繋がらない諦め」だと言えます。

「感情的な諦めであり、ただの逃げ」
と言っても良いですね。

このように、
次に繋がらず、感情的になったただの逃げという諦めは
悪い諦めでは?と僕は思っています。

こういう諦めは極力減らしていきたいものですね。

※人間関係が悪い環境も正直居心地が悪く、つらいから諦めて逃げ出したくなる気持ちも痛いほどわかるんですけどね…

諦めることは執着を手放すことに繋がる

「執着を手放そう!」
という考え方は仏教的な考え方だったりします。

すべての物事に対して執着しなくなると
気持ちはものすごく楽になります。

何が起こっても
「いや、それはどうでもいいよ」
と思えるから、感情が揺さぶられることがありません。

だから、気持ちがものすごく楽になるんですね。

ですが、執着があるからこそ、
嬉しいとか楽しい、という気持ちも出てきます。

好きな人が近くにいるだけで
それだけで心が踊りますからね!

なので、すべての執着を手放す必要はなく、
むしろ執着しているものがあるからこそ、
人生に深みが増すものだと僕は思っています。

ですが、やはり手放したほうがよい執着というのも存在します。

今の仕事をしているために
「精神的に疲れて心が壊れてしまいそう…」
なんて思っていたら、
その仕事をやめた方が良いですよね?

続けていたら、
いずれ心が壊れてしまいますから。

ですが、多くの場合、
その仕事に執着してしまい、
なかなか仕事をやめることができません。

「ここまで頑張ってきたんだから…」とか、
「この仕事をやめたらどうなってしまうのだろうか…」とか、
そうやって思ってしまうから執着してしまいます。

人はこれまでずっと頑張ってきたことは
なかなか手放せないという心理があります。

これまで労力や時間をかけてきたことを手放してしまうと、
これまでやってきたことが
全て無駄になってしまう気がしてしまうからです。

ですが、これまでやってきたことは
経験としても記憶としても残っているし、
体にも刻み込まれています。

意外とそれらが思いもしないところで
後々活きてきたりするのです。

自分では気づかなくとも、周りから
「その経験面白い!」とか、
「その時の経験が活きているんだね!」とか
言われたりしますからね。

僕も精神的に病んだ経験があるからこそ、
精神的に疲れていたり、エネルギーがない人の気持ちが
痛いほどよくわかるようになったと思っています。

このように労力や時間をかけたことを手放しても
無駄にならないことってたくさんありますので、
執着を手放し、新しい世界へと一歩踏み出してみる、
なんてことをしてみると良いと思うんですよ。

諦めることで執着を手放し、
新しい世界へと一歩踏み出すことができるようになりますから。

諦めとは必ずしも悪いものではなく、
むしろ新しい一歩を踏み出すために大切なことであるとも言えます。

なので、もしいま諦めようとしていることがあるのでしたら、
「これは次に繋がる諦めなのか、それとも次に繋がらない諦めなのか?」
なんてことを考えてみてはいかがでしょうか?

そのように考えることで
「次に繋がらない諦め」であったら、
諦めずに耐えてみたり、
より良い方法を模索してみる。

「新しい世界へと一歩踏み出す決断のための諦め」
であると思ったら、
勇気を振り絞って諦めてみる。

そうすることで、
人生がより良い方向に進んでいくはずですから。

まとめ

  • エネルギッシュだったからこそ「耐えることが美徳」だったり、選択肢が少ないことから「諦めることは悪いこと」と考えられていた

  • 選択肢が爆発に増えたいまの時代は、別の選択肢を選ぶために「新しい世界へと一歩踏み出すことのできる決断」としての諦めができるようになった

  • 良い諦め=次に繋がる諦め

  • 悪い諦め=次に繋がらない諦め(感情的な諦めであり、ただの逃げ)

  • 諦めることは執着を手放すことに繋がる(ただし、執着は人生に深みを与えてくれるものでもあるため、手放したい執着のみを諦めて手放す)

  • 人は労力や時間をかけてきたものは無駄になってしまうと考えてしまうため、なかなか手放せない(手放すためには勇気が必要)

  • 良い諦めか悪い諦めかを判断し、決断できれば、人生はより良い方向に進んでいく

成功哲学とかでも
「諦めなければ必ず夢は叶う」とか言われたりしているので、
「諦めてはいけない!」というのが一般化しているように思いますが、
以前に書いたように意欲がなければ習慣化すらしません。

 

なので、どんなに労力や時間をかけても
意欲がわかないことであれば、
諦めた方が良かったりもします。

「これは私には合わなかったんだ」
と諦めることが次に繋がりますから。

ただ、それはあくまでも「労力や時間をかけた場合」です。

意欲というのは最初から湧き起こるものだけでなく、
労力や時間をかけて生み出されるものもあるため、
ある程度の労力や時間をかけないと判断できません。

なので、数日やってみた結果、
「これは自分には合わない」と諦めてしまうと
実は自分に合っていたものかもしれないものを
手放してしまうことになりかねないのです。

となると、
労力や時間をかけないで諦めてしまうことは
「すぐさま色んなものに手を出して何も身にならない」
なんてことになってしまう恐れがあるため
「次に繋がらない悪い諦め」とも言えてしまいます。

だから、基本的には
「諦めるときはやれることはすべてやったあと」もしくは
「もう限界だと感じたとき」が
良い諦めになることが多いと言えます。

良い諦めを行うためには
ある程度エネルギーをかける必要性があるということですね。

エネルギーをかけて試行錯誤しつつ、
やれることはすべてやってもうまくいかなかったり、
限界を感じたときにはすぐさま諦め、次に移る。

良い諦めというのは
やるべきときは必死にやるものの
諦めるときはスパッと諦めるといった
フットワークの軽さにも繋がると言えそうです。

諦めるときはスパッと諦めるというように
フットワークを軽くしておくと気持ちを楽に、
そして欲しい結果を得やすくなるはずなので、
良い諦めを上手に活用していきたいものですね。

それでは、ありがとうございました!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。