【感情】陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず

前回は『怪我の功名』や
『禍(わざわい)を転じて福と為す』ということわざから
「人生はきっと良くなる!」
なんてお話をしました。

今回はそのお話の補足として、
「人生はきっと良くなる!」と考えるとしても、
力を入れすぎず、ゆる~く考えましょ、
というお話をしていきます。

「そんなもんだよね」と思っておくと楽

その場では嫌な出来事だと思っていても
時間が経った後に意外と良い結果になることもありますし、
嫌な出来事に対して自ら良い結果を掴み取ることもできます。

これらに対して
「これはポジティブな考え方だ!」
なんて力を入れて考えず、
「そんなもんだよね」
くらいに思っておくと楽です。

執着は手放す方向に働く

「人生はきっと良くなる!」
と考えると、それが執着となり、
手放す方向に働いてしまいます。

執着が強くなれば強くなるほど、
手放す方向に働いてしまいますから。

執着が強くなれば強くなるほど
手放す方向に働いてしまうのは、
周りの恋愛を見るとよくわかります。

「恋人が欲しい!」と思っている間は恋人ができなかったのに、
「恋人はもういいや」と思ったらすぐに恋人ができ、
それから間もなく結婚した、なんて方々が
周りにちょこちょこいるんです。

執着というのは、視野を狭くするため、
求めていた結果にならないことが多いんですよね。

恋愛でいうと、執着が強い場合は
力が入っているのを雰囲気で感じ取られてしまい、
相手が離れていってしまいます。

だから、執着が強い時は近寄りがたくて相手は離れていき、
逆に執着が弱まると、近寄りがたさが薄れ、
うまくいったりするんです。

その恋愛の執着と同じように
「人生はきっと良くなる!」
ということに力を入れすぎるとうまくいきません。

「人生はこれからきっと良くなるんだろうなぁ」
くらいにゆる~く考えて
執着をなくしていきたいものです。

ゆる~く考えることで視野が広がり、
執着がないことで柔らかい空気を与え、
周りからも高評価をいただくことができ、
気持ちも楽になることで結果を出しやすくなりますから。

そうやって、
人生が自然とより良くなっていくはずです。

「今は嫌な出来事に感じるけど、
 いずれ良い方向に働くんじゃないかな~」

とか、

「嫌な出来事だけれども、
 この出来事を糧にして良い結果を掴み取るとしたら
 何ができるだろうな~」

みたいに、
語尾を伸ばすくらいの余裕が出るくらい
ゆる~く考えたいですね。

気合を入れすぎると、
それだけで疲れちゃって、
視野が狭くなってしまいますから。

陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず

東洋思想には
「陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず」
なんて考え方があります。

陰も陽も長く留まることはありません。

つまり、嫌なことも良いことも
長く続くことはないのです。

もし嫌なことがあったとしても、
それが続くことはありません。

よく
「落ちるところまで落ちたから、後は上がるだけだ!」
みたいなことを言ったりしますが、
まさにその状態ですね。

陰極まれば陽、
落ちるところまで落ちたら後は上がるだけなのです。

なので、
この考え方を持っていると、
「悪いことが起きたから、次は良いことが起こるのかな?」
なんて少し気持ちが前向きになり、
楽になるはずです。

さらに
「もしかしたら、次も悪いことが起こるかもしれないけど、
 いずれ良いことに転じるのだから問題ない」

なんて考えられると、
悪いことに対する耐性がついてきます。

この考え方を持っていると
悪いことに対してあまり意識しなくなり、
刺激自体が減りますから。

ゆる~い感覚は平常心をもたらす

これはポジティブな考え方というよりも、
「そんなもん」といった
「そんなの当たり前だよね」的な感覚なので、
気持ちもゆる~くなります。

当たり前だと感じていることには
そこまで力を入れないはずですから。

常にポジティブな人は
「常にポジティブでいよう!」
と力を入れているからポジティブなのではありません。

「え?こう考えるのが当たり前でしょ?」
という感覚だから
常にポジティブでいることができます。

なので、
ポジティブでいることが自然体で、
一番楽なんですよね。

そういう当たり前な感覚は
「そんなもん」といった
力が抜けたゆる~い感覚です。

ポジティブに見える人でも、
その人にとってはフラットとかニュートラル、
もしくは平常心と呼ばれる状態なのです。

平常心を書き換えていこう

以前に書いた「無意識の思考(思考の習慣)」を書き換えることで
この当たり前の感覚である「平常心」を変えていくことができます。

平常心とは、
「普段と変わらない心」であり、
「揺れ動くことのない心理状態」と言えます。

なので、
ポジティブが当たり前になっていれば、
それが平常心だと言えるのです。

以前に
「ネガティブのままでいいんじゃないかな?」
なんてお話を書きました。

 

「ネガティブのままでいい」というのは、
「ネガティブを受け入れよう」ということです。

ネガティブを受け入れることができれば、
ネガティブになっても心の状態が悪い方向に引っ張られず、
平常心を保つことができるようになるからです。

平常心を保つことができれば、
エネルギー漏れを抑えることができます。

エネルギー漏れが起きないことによって、
エネルギーが余っているため前向きに考えやすくなり、
ネガティブさを前向きに活用しやすくなるのです。

最初はネガティブなことを受け入れたり、
ネガティブなことにも平常心を持ったり、
ネガティブさを前向きに考えることに抵抗があるかもしれません。

ですが、それを繰り返すことで
「無意識の思考(思考の習慣)」が書き換えられ、
ネガティブなことを受け入れることや
ネガティブなことでも平常心を持つことや
ネガティブさを前向きに考えることに抵抗がなくなるはずです。

つまり、
ネガティブなことを受け入れることが当たり前、
ネガティブなことでも平常心を持つことが当たり前、
ネガティブさを前向きに考えることが当たり前、
となることで、それらが平常心として書き換えられるのです。

「前向きなネガティブ」が「ポジティブ」に変わるとき

「私はネガティブが当たり前」と考えつつも、
「そのネガティブさを前向きに活用していこう!」
ということが当たり前になれば、
思考も感情も自然とポジティブのような状態になります。

なので、
ネガティブさを受け入れ、
そのネガティブを前向きに活用することができれば、
結果的にポジティブっぽくなれるのです。

ネガティブを受け入れることができれば、
ネガティブになってしまった自分に悩むことはなくなります。

ネガティブに悩むことがなくなれば、
あとはそこから人生をより良くして、
人生を楽しんでいくだけです。

人生を今よりももっと楽しみたいと思いませんか?

ネガティブを受け入れることが当たり前になれば、
「前向きなネガティブ」も当たり前になり、
自然と「人生はきっと良くなる!」と
ポジティブっぽく考えることが当たり前になるはずです。

当たり前に考えている状態は力が入っておらず、
「そんなもんでしょ」といった
ゆる~く考えている状態です。

そんなゆる~く考えながらネガティブを受け入れ、
ポジティブのような状態が当たり前の状態を目指すためにも
『怪我の功名』や『禍(わざわい)を転じて福と為す』、
『陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず』なんて言葉を受け止め、
ネガティブを受け入れてみるところから始めてみませんか?

まとめ

  • 力を入れすぎず、当たり前のようにゆる~く「人生はきっと良くなる」と考えると人生楽になる

  • 「これはポジティブな考え方だ!」なんて力を入れすぎず、「そんなもんだよね」と思っておくと楽

  • 執着は手放す方向に働くから、ポジティブに執着するとポジティブから遠ざかってしまう

  • 「陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず」という言葉を心に刻み込んでおくと楽になる

  • ゆる~い、当たり前という感覚は平常心をもたらす

  • 「無意識の思考(思考の習慣)」を書き換えることで、当たり前の感覚である「平常心」を変えていくことができる

  • ネガティブさを受け入れることを繰り返し、それを当たり前にして平常心を書き換えることで、自然なポジティブさが生まれてくる

ネガティブさを受け入れることで、
ネガティブなことにも動じづらくなります。

そのため、エネルギー漏れが起きず、
物事を前向きに考えやすくなります。

なので、もしネガティブなことに悩んでいる場合は、
まずは「ネガティブなことを受け入れる」なんてことから
始めてみてはいかがでしょうか?

そのためにも、古くから言われている
『怪我の功名』や『禍(わざわい)を転じて福と為す』、
『陰極まれば陽に転じ、陽極まれば陰に転ず』
なんて言葉を無意識に刻み込んでおくと
「無意識の思考(思考の習慣)」が書き換わりやすくなります。

そうやって、ネガティブなことを受け入れ、
人生を前向きにしていっちゃいましょう!

それでは、ありがとうございました!

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