【禅語とエネルギー】非思量(ひしりょう):何も考えないこと

禅語に『非思量(ひしりょう)』という禅語がありますが、
これは「思量にあらず」であり、
「何も考えない」という意味合いを持ちます。

坐禅は「無になる」なんて言われるので
「何も考えない」という言葉はしっくりくるのですが、
本当に何も考えないのか?というとそういうわけではないです。

やってみると、何も考えないことの難しさがわかりますし、
「考えないようにしよう!」と思えば思うほど
人は考えてしまうものだというのも研究でわかっています。

だから、
「何も考えないようにしよう!」
と考えているうちは常に考えてしまうので、
その考えに執着せずに捨ててしまうのが一番です。

何も考えないとは?

何も考えないというのはどういうことでしょうか?

ここで指しているのは
「意識的に考えないこと」
だと僕は思っています。

坐禅を組んでみるとわかりますが、
いろんな考えが浮かび上がってきます。

たとえば、
「おなかすいたなぁ」
とか。

これは意識して出た言葉ではなく、
今現在の自分の本音です。

それに対して、
「うん、おなかすいた。今日のご飯は何かなぁ」
と考えることが「意識的に考えた」ということです。

「おなかすいたなぁ」
というのは、自然と浮かんできた言葉で、
これは意識的ではなく、無意識的と考えられます。

なので、自然と浮かんできた言葉というのは、
「考えたことには該当しない」
と言えます。

考えは浮かんでは消えていく

禅には
「考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え」
といった表現があります。

つまり、無意識的に浮かんできた言葉というのは
「考えていることに当てはまらない」
ということです。

考えていることに当てはまらないということは、
その状態を「無」と呼べるわけなんですよね。

「何も考えず、無意識に言葉も浮かばせず、何も思い浮かべない」
というのであればものすごく大変だと思いますが、
「無意識の言葉を浮かべるのであれば良い」
であれば少しハードルが下がり、
できそうな気がしてきませんか?

『非思量』の状態になること

ということで、目指したいことは
「何も考えていない状態」であり、
「完全なる無の状態ではなく、無意識の言葉は浮かび上がっている状態」
と言えます。

この状態をここでは『非思量』であると考えます。

ところで、この
「完全なる無の状態ではなく、無意識の言葉は浮かび上がっている状態」
というのはどういうことに有効なのでしょうか?

「完全に無の状態」であれば、
思考を完全に断ち切れるため、
不安や心配事なんかとは無縁な状態になれそうです。

ですが、無意識に言葉が浮かび上がる状態であれば、
思考を完全に断ち切れないのではないかと。

結論から言えば、
無意識に言葉が浮かび上がる状態でも
思考を断ち切ることができ、
不安や心配事といった雑念からも離れることができます。

それがなぜかというと、
言葉が無意識に浮かび上がっているだけということは
客観的にその言葉を感じ取ることになるからです。

つまり、不安とか心配事といった無意識に浮かび上がった言葉も
客観的に感じ取ることができるのです。

「おなかすいたなぁ」とふと言葉が出たところで
考えを巡らせなければ
「あ、そう感じているのね」
といった自分とは分離した状態で感じ取ることができるのです。

なので、
「おなかすいたなぁ」
という言葉に臨場感が薄れていくのです。

「将来が不安」
なんていう言葉が出てきた場合も
「あ~、将来が不安なのか~」
と客観的に受け取れ、
そのまま何も考えなければ気がついたら消えていきます。

坐禅を行っていると結構浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返します。

そのため、
「将来の不安」が浮かんできたとしても、
ただ感じ取るだけであれば、
別の言葉が浮かんできた時に消えるため、
その不安に対しては気がついたらどうでも良くなっているのです。

そういう状態になれば、
不安や心配事に対するエネルギー漏れを防ぐことができます。

なので、このように
「完全なる無の状態ではなく、無意識の言葉は浮かび上がっている状態」
といった『非思量』の状態になることは
非常に有益であると言えます。

内向型やHSPさんにとって必要な『非思量』という心構え

『非思量』という心構えは
誰もが持っておくと便利なものだとは思いますが、
内向型やHSPさんといった
「刺激に弱い人達」こそ、この考え方を持っておくべきだと思います。

というのも、刺激に弱いため、
エネルギーが下がってしまうことが多いです。

エネルギーが下がってしまう大きな理由は
不安や心配事などでエネルギー漏れを起こしてしまっているからです。

そのエネルギー漏れを防ぐためにも
内向型やHSPさんは
この『非思量』という心構えを身に着けておきたいものです

前回の記事『時時勤払拭』で書いた内容との比較

前回の記事『時時勤払拭(じじにつとめてふっしきせよ):常に心の汚れを払おう』では、
モヤモヤ(不安や心配事など)を払拭するために

  • モヤモヤを言語化する
  • モヤモヤを客観的に観察する
  • モヤモヤを別の視点で見てみる

なんてことをするといいよ、と書きました。

『非思量』では言語化というのは考えず、
ただ自分の心の中で浮かんだ言葉を
客観的に眺めるだけです。

言語化するのは
「何にモヤモヤしているのかわからないから
 言語化してモヤモヤの正体を明確化し、
 それによってモヤモヤをなくそう」
という試みです。

言語化したことによって原因究明をして再発防止したり、
改善に繋げられたりもしますが、
言語化するためには過去の出来事を思い出す必要があるため、
強い刺激のある過去の出来事には正直使いづらいところがあります。

『非思量』では
「言語化とかせずとも流れるまま受け止めようよ」
という心構えであり、考えを深堀りする必要もないため、
過去に強い刺激があろうがなかろうが
ただ頭に思い浮かんでは消えていくだけです。

そのため、どんな出来事であっても
落ち着きやすいというメリットがあります。

状況によって使い分けても良いと思っているのですが、
『非思量』の「言葉が浮かび上がっては消えていく」という
客観的であり、ただ見守るだけというスタイルを身に着けておくと
色んな場面で重宝します。

いつでもどこでもできるようになるには
ものすごく時間がかかるでしょうが、
それでも身につけるメリットは大きいかなと。

だから少しずつでも、
「言葉が浮かんでは消えていく」
という体験を積み重ねて、
不安や心配事に対する臨場感を薄めて、
エネルギー漏れを減らしていっちゃいましょう!

まとめ

  • 内向型やHSPさんこそ身につけたい心構え
  • 『非思量』は完全に無になる必要はなく、「無意識に言葉が浮かび、消えていく」という状態であれば良い
  • 少しずつ慣れていき、不安や心配事に対する臨場感を薄めてエネルギー漏れを減らしちゃおう!

「言葉が浮かんでは消えていく」なんてことを試そうとしても
最初はその言葉に対して反応してしまいがちです。

ですが、言葉が浮かび、
その言葉に反応してしまったときは
その反応したことに意識を向けて一旦消してみる。

そうやっていくと、
気がついたら少しずつ
「言葉が浮かんでは消えていく」なんて体験が
できるようになるはずです。

お試しあれ。

それでは、ありがとうございました!

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