【禅語】『喫茶去』:みな平等にお茶を差し出す心からエネルギー漏れを防ぐ方法を学ぼう

『喫茶去(きっさこ)』という禅語。

この禅語の元々の意味は文字通り
「お茶を飲んで去れ!」
という叱咤するような意味だったようです。

ただ、「去」という字は喫茶の強調の助辞でもあるため、
「お茶でも召し上がれ」
という意味でも捉えられ、
こちらの意味の方が広く伝わっているのではないかと。

今回の記事でもこちらの
「お茶でも召し上がれ」
という意味合いで考えていきます。

みな平等な世界

茶道では、茶の接待をする場合、相手によって差別をしてはいけないとされているようです。

「お茶を飲むのは誰でも一緒で、差別など生まれるはずがない」
という考え方ですね。

なので、
「お茶でも召し上がれ」という意味合いの『喫茶去』も
誰に対しても平等に接することが前提となっています。

この「平等」というのがキーポイントです。

みな平等にお茶を差し出す心

みな平等にお茶を差し出す心があるとどうでしょうか?

それは、地位や身分だけでなく、
好きか嫌いかも関係なく、
みな平等にお茶を差し出す「心の余裕がある」ということです。

たとえ嫌いな人に対しても
笑顔でお茶を差し出せる姿は
心に余裕があると感じさせますよね?

心の余裕があるということは
エネルギーに余裕があるということ。

そして、誰に対しても平等に接することができれば、
エネルギー漏れがなくなります。

嫌いな人にまで平等に接することができれば、
感情が乱されることがないため、
エネルギーは漏れませんから。

なので、
誰にでも平等にお茶を差し出すということは、
平常心を保ち、エネルギー漏れをなくすための
一つの訓練と言えます。

お茶だからこそ、
「飲むとリラックスしますよ」
なんて差し出しやすいのもあるのですが、
どのような状況でも平等に接することをしてみると、
人に対してエネルギーが漏れることはなくなっていきます。

平等に接すること

平等に接することというのは、
難しいことではあります。

上司や先輩、同僚に対して平等にお茶を差し出せるか、
平等に接することができるか?というと、
「相手を立てる」ことが当たり前になっている世の中では
難しいことだと思いますから。

ですが、発想を変えて
「みんなに感謝しながら接する」とか、
「みんなを尊敬しながら接する」とか、
同じベクトルで接することなら可能だと思いませんか?

平等にというと、
すべての人に同じように接しなければいけないと考えがちですが、
人それぞれ個性があるため、やはり同じように接することができません。

だとしたら、
「あの人のここが素晴らしいから尊敬している」
「あの人にはいつも助けてもらっているから感謝している」
などと、人によって度合いは異なるものの
感謝や尊敬の念といったベクトルで相手に接することでできれば、
「平等に接している」と言えるはずです。

みんなに感謝や尊敬の念を抱くことができたら、
エネルギー漏れはなくなり、
心に余裕ができますよね?

嫌いな人はどうしたらいいの?

嫌いな人にどうやって感謝や尊敬の念を抱けばいいのか?
と悩まれるかもしれません。

それに対しては、
「反面教師」として考えると楽です。

「あなたがそのような態度をとってくださるおかげで
 私は他の人に同じような態度をとってはいけないと学ぶことができました、
 ありがとうございます」
とか。

こういう言葉を使うと「皮肉」のように感じてしまいますが、
それを実際に自分の中に染み込ませれば、感謝できるようになるはずです。

自分の中に染み込ませるというのは、
「あなたのような態度をとらないと決めてから、
 人間関係がうまくいくようになりました!」
みたいに、実践してその効果を得るということですね。

反面教師で考えると、
どうしてもその言葉を皮肉のように扱ってしまい、
感謝や尊敬の念を抱くことができません。

なので、上記のように
自分自身で反面教師となるようなことはやらないということを試し、
自分の中に染み込ませることで良い結果を得ることができ、
心から感謝することができるはずです。

なので、「反面教師」として考える場合は、
実践とセットで用いてみてください。

そうすることで、
嫌いな相手でも自然と感謝や尊敬の念が生まれてくるはずですから。

まとめ

  • みな平等に接することでエネルギー漏れを防ぎ、心に余裕を持とう
  • すべての人に感謝や尊敬の念を持って平等に接しよう
  • 嫌いな人は反面教師として見て、実際に実践し、素晴らしい効果を得られたと感謝しよう

すべての人に平等に接しようと思ったら
自分の中で色んな葛藤が生まれ、
なかなかうまくいかないはずです。

そうやって葛藤することで自分自身のことも知っていくことができるので、
葛藤することもとても大切なことだと思うんですよね。

本当の意味ですべての人に平等に接することは
悟りを開くことといってもいいので、
それは一生を費やした課題だと言えます。

なので、本当の意味ですべての人に平等に接しようという気持ちでいながら、
すべての人に感謝や尊敬の念を抱けるように日々意識していこう、
と少しずつ前に進もうとすると、
気がついたら嫌いな人に対しても感謝や尊敬の念を抱けるようになっているはずです。

焦ってしまうと平常心を乱し、
エネルギー漏れに繋がってしまうので、
「一生かけて身につけていこう」
と長期的な目線で考えてみると楽になるはずですので、お試しあれ

以上、
「長期的にすべての人を平等に感謝や尊敬の念を抱き、
 エネルギー漏れを防いで、エネルギーを高めていきませんか?」
といったお話でした。

ありがとうございました!

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