【禅語】『平常心是道』:「すべてのことを平等に大切にする心」を身に着け、エネルギー漏れを防ぎエネルギーを高めていこう

「日常の小さなことでもおろそかにせず大切にする心を持つこと。それこそが道となる」
といった意味合いを持つ
『平常心是道(びょうじょうしんこれどう)』という禅語。

ここで使われている『平常心(びょうじょうしん)』は
一般的に使われている『平常心(へいじょうしん)』という言葉とは
意味だけだけでなく、読み方も違っています。

一般的に使われている『平常心(へいじょうしん)』は
 ・普段どおりの心の状態
 ・何が起きても冷静でブレない心
といった意味合いがあります。

それに対し『平常心(びょうじょうしん)』は、
「日常の小さなことでもおろそかにせず大切にする心」
といった意味合いがあります。

禅の教えとしては
「すべてを平等に扱う」
というのが根本にあるので、
「すべてのことを平等に大切にする心」
と言ってしまっても良いですね。

“今”に着目する『平常心(びょうじょうしん)』

「すべてのことを平等に大切にする心」は
以前に書いた「毎日はかけがえのない日である」といった意味のある
『日日是好日』とも関連しそうですね。

毎日を良し悪しで考えず、抽象度を上げて、
「良くも悪くもかけがえのない日」
だと考えようというのが『日日是好日』です。

「日日是好日」は
「今日はどうだったか?」
といった、日付に着目した上で「かけがえのないこと」を考えますが、
『平常心(びょうじょうしん)』は「今、かけがえのないこと」に着目していると考えられます。

自分の心に素直な『平常心(びょうじょうしん)』

『平常心(びょうじょうしん)』は、
「すべてのことを平等に大切にする心」
とこれまで書いてきましたが、
「自分に素直な心」
とも言われたりします。

表現は異なりますが、
見方を変えると一緒のことを言っています。

自分に素直な心というのは
嬉しいときには嬉しい、
悲しいときには悲しいと
自分を繕わずに、自分の心を真正面から受け止めることです。

つまり、嬉しいにも悲しいにも良し悪しはなく、
その感情を平等に大切にしよう、
という考え方ですね。

なので、
「自分に素直な心」という言葉も、
「すべてのことを平等に大切にする心」
に繋がってくるのです。

捨てるべき執着である『三毒』

ただ、
「すべてのことを平等に大切にする心」
というと、
「なら、怒りなどといった感情も大切にしないと!」
という話になってきます。

怒りを感じること自体はそこまで大きな問題にはなりません。

自分の価値観とは異なることをされてしまったら、
反応的に出てきてしまうでしょうから。

ですが、その怒りを継続させて、
エネルギー漏れを発生させ続けるのであれば問題です。

仏教では「三毒」なんて言われているものがあります。

人の心を害する3つの煩悩
「貪瞋痴(とんじんち)」です。

  • 貪欲(とんよく):欲に執着する心
  • 瞋恚(しんい):不快な感情に執着する心(怒りや憎しみなど)
  • 愚痴(ぐち):無知や愚かさに執着する心

これら三毒によって害を受けるのは、
3つの煩悩を持っている人自身です。

二人が仮に同じものを見ていたとしても、
三毒におかされている人は
エネルギー漏れが常に発生していますからね。

まさに地獄です。

だから、
「すべてのことを平等に大切にする心」
とはいえ、大切にするべきではないものも当然あるのです。

大切にするべきではないものは、
「自分にも他人にもプラスに働かないもの」
です。

だから、仮に欲があったとしても、
欲に執着して、
手に入れられない苦しみや、失った苦しみによって
エネルギーがどんどん漏れていくのが問題であって
欲をプラスの行動に変えられるのであれば問題ありません。

怒りも同じで怒りを使って
周りに当たり散らしていてはエネルギーがどんどん漏れていくし、
周りとの関係性も悪くなります。

ですが、怒りを行動するエネルギーに変えれば、
それは良い方向に働きます。
(とはいえ、常に怒りだけで行動するのは好ましくないので、
 どこかで意味付けを変える必要がありますが)

このように、
捨てるべき欲望や怒りでも
執着を取り払って意味付けを変えて
前に進むためのエネルギーに変えれば問題ありません。

だから、「執着すること」がダメなのであって、
執着せずに前に向かって進めば問題ないのです。

これが
「すべてのことを平等に大切にする心」
だと考えられます。

「感情や物事はすべて素直に受け入れるものの
それらには執着しすぎず、かけがえのないものとして扱っていこう!」
ということですね。

かけがえのないものとして扱えば
それはいずれ自分の経験として大切なものとなり、
それによって前に進んでいけたりもしますから。

だから、
『平常心(びょうじょうしん)』という心構えを持っておこう!
というお話でした。

【おまけ】『平常心(へいじょうしん)』と『平常心(びょうじょうしん)』

『平常心(へいじょうしん)』と『平常心(びょうじょうしん)』の意味合いを見てみると、
『平常心(びょうじょうしん)』の方が抽象度が高いだけで、
『平常心(へいじょうしん)』の意味合いも含まれていると考えられます。

『平常心(びょうじょうしん)』の
「日常の小さなことでもおろそかにせず大切にする心」であり、
『平常心(へいじょうしん)』は
「普段どおりの心の状態」「何が起きても冷静でブレない心」
といった意味合いがあります。

「すべてのことを平等に大切にする心」があれば、
どんな出来事に対してもかけがえのないものだと感じるため、
普段どおりの心の状態であり、
何が起きても冷静でブレることはないんですよね。

だから、『平常心(びょうじょうしん)』というのは、
『平常心(へいじょうしん)』とは全く異なるものではなくて、
一段高い抽象度の心構えと言えます。

だから、『平常心(へいじょうしん)』も大切だけど、
『平常心(びょうじょうしん)』を持つことができればなお良し、
と言うことができますね。

以上、抽象度のおまけ的なお話でした。

まとめ

  • 『平常心(びょうじょうしん)』は「今、かけがえのないこと」に着目している
  • 感情や物事に執着しすぎず、すべてをかけがえのないものとして扱っていこう
  • 「すべてのことを平等に大切にする心」である『平常心(びょうじょうしん)』を目指そう

『平常心(へいじょうしん)』と『平常心(びょうじょうしん)』とか書きすぎて、
軽くゲシュタルト崩壊を起こしてしまっていそうです。

『平常心是道(びょうじょうしんこれどう)』の
「日常の小さなことでもおろそかにせず大切にする心を持つこと。それこそが道となる」
という心構えは大切にしたいなぁ、と思い書いてみました。

感情や物事に執着しすぎず、
すべてをかけがえのないものとして平等に扱っていけば
エネルギーが漏れるどころかどんどん高まっていくはずです。

なので、『平常心(びょうじょうしん)』という心構えを
きちんと身につけていきたいものですね。

それでは、ありがとうございました!

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