【禅語】『遍界不曾蔵』:物事をありのままに見つめるためにも、まずは客観的に物事を見つめてエネルギーを高い状態で維持できるようにしよう

「世の中はありのまま存在している」という意味合いを持つ
『遍界不曾蔵(へんかいかつてかくさず)』という禅語。

聞き慣れない『遍界』という単語は
「全宇宙、全世界」といった意味合いがあります。

『不曾蔵』という単語は
「隠していない」という意味であるため、
『遍界不曾蔵』を直訳すると、
「全宇宙は隠していない」となります。

隠していないということは
そのままの姿で表に出ているということ。

なので、
「世の中はありのまま存在している」
という意味合いになります。

「世の中はありのままで存在している。
 だからこそ、世の中をありのままに受け取ろう!」
これが今回のテーマとなります。

今見ている世界は主観によるもの

世の中はありのままに存在していますが、
ありのままに見ることは難しいです。

それは
「自分自身の主観を入れて物事を見てしまうから」
です。

よく
「客観的に物事を見よう」とか、
「視野を広げてみよう」と言いますが、
こう言われている理由は
「自分の主観を取っ払うため」
です。

自分の主観というのは
言ってしまえば自分の思い込みです。

「人は見たいものだけ見ている」
「人は信じたいものだけ信じている」
なんて言われますが、
これは自分の主観が混じってしまっているためです。

「自分が見えている世界は正しい!」
と思い込んでしまっているのです。

それが自分の価値観であり、
自分の価値観と反することを言われるとそれが刺激となり、
感情的になってしまったりします。

自分と他の人がなぜ違う価値観なのかというと、
他の人には違う世界が見えているからです。

芸術品が良い例です。

同じ作品を見ても
「これはなんて素晴らしい作品なんだ!」と感じる人もいれば、
「この作品を見ても何が良いのかさっぱりわからない」という人もいます。

見ている世界が全く違うのだから当たり前のことです。

何が良いのかさっぱりわからない場合は、
「その作品が好きか嫌いか」
「その作品が見やすいか見やすくないか」
など、感じ取りやすいものだけで判断します。

ですが、素晴らしい作品だと気づく人は
ものすごくたくさんの知識を持っています。

その作品にどれだけの技術が詰め込まれているか、
その作品にどれだけの想いが込められているか、
その作品を創った人がどういう人生を歩んできているか、
そういったたくさんの知識があるからこそ、
「これは素晴らしい作品だ!」と感じ取ることができます。

このように
見ている世界が全く別物なため、
感じ取り方も全く違うのです。

世の中をありのままに受け取ること

では、
「世の中をありのままに受け取ること」
について考えていきます。

ここまでお話してきたように
主観によってお互いに見えている世界が
全く異なるものとなります。

主観というのは基本的に
「良い悪い」といった評価が入ります。

ありのままに感じるということは
当たり前に行っている「評価をしない」ということです。

ありのままに受け止めるのだから
良いも悪いもないですよね?

ところで、ありのままに受け止めることの何が良いのでしょうか?

なぜありのままに受け止めることが必要なのか?

ありのままに受け止めることはなぜ必要なのでしょうか?

それは、
「ありのままで受け止めることが物事の本質を見ることに繋がるから」
です。

主観が入ってしまうと、
見たいようにしか見ないし、
信じたいようにしか信じません。

「私はあの人が嫌い」
と考えていたら、相手の嫌いな部分ばかり見えてきます。

そうなると、物事の見方が曇ってしまいます。

親切にされたとしても疑ってしまうから
本質が見えなくなってしまうのです。

主観というのは
そのように物事の見方を曇らせてしまうのです。

だから、主観を取っ払い、
物事をありのままに見つめることが必要となります。

どうやって物事をありのままに見つめればいいのか?

ありのままに見つめるために何をするかと言うと、
それはとてもシンプルです。

「自分が感じたままを信じること」
です。

とてもシンプルですよね?

ただ、言葉にすると簡単だけど、
実践しようとすると
これがものすごく難しいです。

「感じたままを信じたことは本当に真実と言えるのか?」
「感じたままを信じると騙され続けるのではないか?」
などと心の中で反発が起きてしまいますから。

なので、それができないのであれば、
「完璧にありのままを見つめることから離れてもいいのでは?」
なんて思っています。

段階を踏んでいくということですね。

そのために何が必要かと言うと、
「客観的に物事を見る」
ということです。

客観的に物事を見るために

客観的に物事を見るということは、
主観的に物事を見ることと逆で
「自分以外の視点で物事を見ること」
です。

数値やデータも客観的に見るための道具です。

数値やデータは事実しか含まれていませんから。

その数値やデータに対して
「自分の主張を強めるため」
と考えると、自分の主張に都合の良い数値やデータしか見えてきませんし、
無理やりこじつけて考えることもありえます。

それだと真実が見えなくなっている可能性がありますよね?

ではどうするかというと、
「自分の主張はありつつも、色んな角度から分析してみる」
ということです。

それにより、真実に近づいていくことができます。

これが客観的に物事を見るということです。

自分の主張とは逆の主張の人の見方で分析してみたり、
または全く新しい見方で分析してみることで、
主張の信憑性が高まってきます。

反論できそうなことは全て潰していくというやり方は
自分の主張だけでなく、他の人の主張についても考えてみるということですよね?

そうやって、考えられることを全て挙げ、
それらにすべて異論を唱えていくと
残ったものがより本質に近いものになっていきます。

つまり、
自分の主観的なものの見方だけでなく、
様々な角度から物事を見ることで、
本質が浮かび上がってくるのです。

ということは、
「物事をありのままに受け取るためには
 色々な角度から客観的に見つめること」
とも言えるのではないでしょうか?

「自分が感じたままを信じること」
というのもありのままに見つめることに繋がりますが、
これはシンプルながらもやってみるとなかなか難しいものです。

色んな考えが浮かんできますし、
納得しづらいところがありますから。

ですが、客観的に色んな角度から物事を見つめることで、
そこからありのままの姿という本質が浮かび上がってきたら、
それは納得しやすい形ですよね?

なので、
「ありのままに物事を見つめるためにも
 客観的に色んな角度から物事を見つめる癖をつけていくこと」
が大切だと言えるのではないでしょうか?

まとめ

  • 今見ている世界は主観によるもので、他の人とは違う世界に生きている
  • ありのままに受け止めることは物事の本質を観ることに繋がる
  • ありのままに物事を見つめるためにも、客観的に色んな角度から物事を見つめる癖をつけていこう

客観的に色んな角度から物事を見つめる癖をつけるためには、
色んな人の視点で考えて視野を広げてみるのも良いですし、
「連想ゲーム」を行ってみても良いでしょう。

「その出来事についてどのように考えられるか?」
と色々と考えてみるのです。

ちなみに、そのときに大切なことは
「現実の枠にとらわれず、自由に考えてみること」
です。

そうすることで、
自分が考えたこともなかった考え方も出てくるはずです。

「上司に怒られたけど、上司はきっと今奥さんとの関係が非常に悪く、虐げられている状態だから仕方ない」
なんてことを考えてみたり。

「連想ゲーム」と言うか、もはや「妄想ゲーム」ですね。

ですが、そうやって色んなことを考えることで
今まで主観だけで見ていた世界の見え方が大きく変わります。

仮に本質を掴まずとも、
自分の気持ちを落ち着けるためであれば事実でなくてもいいのです。

「上司が嫌い」と考えていた場合、
「上司に怒られたけど、上司はきっと今奥さんとの関係が非常に悪く、虐げられている状態だから仕方ない」
という妄想により、嫌いな度合いが薄れ、
気持ちが楽になったのであれば、
それはそれで良いと思うのです。

気持ちが楽になったということは
エネルギー漏れがなくなったということ。

まずはエネルギーを漏らさず、
エネルギーを高い状態で維持することが大切だから、
妄想でもこじつけでもなんでも使えるものは使ってしまうと良いのです。

そうして、エネルギーが高まってきたら
「自分が感じたままを信じること」
なんてことにも疑問が出てこなくなります。

そうやって、
ありのままに感じることができるようになっていくので、
まずは客観的に色々な角度で見つめつつ、
妄想やこじつけを駆使しながら
エネルギーを高めていっちゃいましょう!

それでは、ありがとうございました!

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