【禅語】『我逢人』:人との出逢いは人生を変え、大きく成長させてくれるかけがえのないもの

「人との出逢いが人生を変える」といった意味合いを持つ
『我逢人(がほうじん)』という禅語。

人との出逢いは人を大きく成長させてくれますよね。

それが良い出逢いであろうと、悪い出逢いであろうと。

人生を変えてくれる人との出逢い

大事にしたい人ができたり、
尊敬する人ができたり、
一緒の時間を楽しみたい人ができたり。

そういう人たちと出逢ったことで、

「あの人が人と関わる楽しさを教えてくれた」
「あの人が仕事の楽しさを教えてくれた」
「あの人が人生を楽しむための術を教えてくれた」

など、考え方や感じ方が変わり、
人生の転機となり、その後の人生が大きく変わった、
なんて経験はありませんか?

人との出逢いは大きな影響を与えてもらえます。

とはいえ、
必ずしも良い出会いばかりではないですよね?

あまり関わりたくない人との出逢いなんていうのもあるはずです。

そういうあまり関わりたくない人との出逢いによっても
人生を大きく変えられたりしますよね?

「あの人と出逢ったがために今のように卑屈になってしまった」
「あの人と出逢ったがために仕事に対する恐怖が芽生えた」
「あの人と出逢ったがために人生は絶望以外の何者でもなくなった」
などなど。

そのような出逢いに感じ、
人生の歯車が狂ってしまって
人生が大きく変わった、なんてこともあるかもしれません。

悪い出逢いについて考えてみる

恨んでしまうような出逢いをしてしまうと、
「あの出逢いは最悪だった。あんな出逢いはなかったことにしたい」
なんて思ってしまうことでしょう。

ですが、良い出逢いだけでなく、
悪い出逢いもかけがえのないものだと言えます。

当然ながら
エネルギーが低い状態で悪い出逢いのことを考えても
イライラしたりつらい気持ちになるだけで
良いことのように考ようとするだけでも
エネルギーが漏れていってしまうはずです。

ですが、悪い出逢いもかけがえのない
素晴らしい出逢いだと考えることも可能です。

なので、エネルギー高まってきたら
「あの人と出逢ったことは私にとってどんな意味があったのか?」
なんて一度考えてみて欲しいのです。

悪い出逢いによって大きく成長する

悪い出逢いというのは
その場では大きくエネルギーを奪われてしまいます。

理不尽に怒られたり、
ひどい扱いを受けたり、
影で色々と言われたり。

これによりエネルギーが大きく奪われ、
感情的になりやすく、
自分を責めてしまいがちになるのも仕方ありません。

ですが、このような環境でも
かけがえのないものだと考える人もいます。

これのどこがかけがえのない出逢いだと言えるのでしょうか?

それはそのような環境にいたことで
「あのときのことを考えたらなんでもやれる気がする」
などとエネルギーを高めることができたりするからです。

また、
「あの人達と出逢ったことで人の気持ちをよく考えるようになった」
と思うことができ、思いやりがあふれる人になったりもします。

そんな経験をしたからこそ
「自分と同じ経験はさせたくない!」
と考え、そのときの経験をもとに手に職をつけることもできます。

そうやって、その出逢いをバネにして
より良い未来を掴み取ることも可能なのです。

反面教師として成長するとも言えますし、
そのときのつらい環境を乗り越えたからこそ飛躍的に成長したとも言えます。

見方を変えることでその出逢いの意味が大きく変わる

そのように見方を変えることで
悪い出会いだった最悪と言えるはずの出来事が
かけがえのない出逢いとなり、
その出逢いに感謝するかもしれません。

感謝はすれど、
また会いたいのかというのは別として。

ひどいことをされたのに感謝するというのはおかしなことかもしれませんが、
その出逢いによって自分を良い方向に導いてくれたのであれば
自然と感謝したくなると思うんですよ。

その人自身に感謝というよりも、
そういう出逢いをしたことで人生の転機となったことに感謝、
といった方が正しいかと思いますが。

そのように良い出逢いも悪い出逢いも
見方次第で人生を良い方向に大きく変えてくれます。

悪い出逢いをすると、
エネルギーが大きく下がってしまうため
悪い方向に物事を考えてしまうようになり、
良い方向に人生が変わるとは思いづらいと思います。

ですが、
「この出逢いはいずれ良い方向に導いてくれるものだ」
と考えておくと、その見方がカチッとハマるときが出てきます。

そのようにカチッとハマるときがきたら
悪い出逢いだと思っていたものが
かけがえのない出逢いだったと思えるときが来るでしょう。

逆に
「これは悪い出逢い。最悪の出逢いだ」
とずっと考えていたら、
かけがえのない出逢いだったと思えるときが来ることはありません。

なので、半信半疑でも
「この出会いがかけがえのない出会いだと思える日が来るのかもなぁ」
と思っておいた方が良いと思いませんか?

良い出逢いも悪い出逢いも
かけがえのない出逢いだと考えること。

これによって、
「人との出会いは成長させてくれるかけがえのないもの」
と感じ取ることができるでしょう。

まとめ

  • 出逢いはかけがえのないもの
  • 良い出逢いでも悪い出逢いでも大きく成長し、人生が変わる
  • 出逢いをかけがえのないものと感じ取れるかどうかは見方次第

「若い時の苦労は買ってでもせよ」なんていうことわざがありますが、
苦労することによって得られるものもあります。

ずっとうまくいってきた人は一回の失敗で挫折してしまいやすい、
なんて言われていますが、
トントン拍子にいってしまうと刺激の耐性が弱く、
挫折しやすくなってしまうのは容易に想像できるかと思います。

なので、苦労というのは
ある程度は必要だと思うんですよね。

悪い出逢いというのも苦労の一つです。

「この悪い出逢いはこれからの人生で必要なことを教えてくれるはず!
 一体何を教えてくれるのかな?」
なんて苦労を楽しめるようになれたら理想です。

もちろん、それはあくまで理想ではありますが、
「そういう心構えを持とう!」
というのは大切なことだと思います。

悪い出逢いだからこそ学べることもあるので、
悪い出逢いを悪役にしすぎず、
その人とは仲良くせずとも
悪い出逢いという概念とは仲良くしていきたいものですね。

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